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だから愛していますご主人様―エクストラメイドデイズ!!――vol.4

あけましておめでとうございます、あるてぃめっと☆るいるいです

もう新年になってから二週間もたっちゃいましたけど、皆さん元気にしてますか!
僕は寒さに凍えています

さてなんだかんだで遅くなっていた抱かぬしvol4です
書いてるうちに思ったより長くなってしまって、結局2.5倍くらいになっちゃいました

前置き不要ですね
それではどうぞ






モイラの空隙




 幽霊はすぐに答えなかった。
 何か思案するようにふらふらと部屋の中を浮遊する。
 俺は特にせかすつもりもなかったが、ただ無言で待っているのもどうかと思って、席を立つ。
 そしてひさしぶりに、自分でお茶を入れた。
男「……ふう」
 雨音は昼よりも強くなっている。
 とてもすぐには止みそうに見えなかった。
 しかしその音も、部屋の中にいる俺からすればどこか聞き心地が良いものだった。
 だからそれに耳を傾けながら、俺はゆっくりと時間をかけて、一杯のカップを飲み干した。
幽「まるで探偵様のようじゃの」
男「そんなつもりはないよ」
 そうして幽霊はくつくつとわらいながら、口を開いた。
幽「粗い小細工とて、よく見ていなければ見落とすものよ。……よう気づきおる」
男「大したことじゃない。いつもどおりがいつもどおりじゃなくなったから、目についただけだ」
幽「……なるほどの」
 ゆらゆらとして変わらぬ水面の波をずっと見ていれば。
 慣れた目は意図もいらず、小さな違いすら見つけるもの。
 それはある意味で怠惰の証かもしれない。
 ずっと同じものを見続けて、それが続けと願うからこそ、見えてしまうものだから。
男「なあ、何で隠すんだ」
幽「そうだのー……。……不要だから、かの」
男「不要? 何か俺や皆が困る事か」
幽「……それはどうか。隠す理由は複数ある。ゆえに困るかどうかはおそらく人により違う。……だが、貴様は変わらぬ日常を望むのだったか」
男「そうだが」
幽「ならば困るだろうな。知らなくても良い事を知る事になる」
男「知らなくてもいいのか」
幽「知らなくていい。知らなければ、今のままが続くだけよ」
男「でもお前はそれを知ってるんだろ」
幽「私だけ知っとればそれで良い」
男「……そうか」


男「一つ、勘違いしないでほしい」
幽「む?」
男「俺がなぜ変わらぬ日常を求めるのか」
 物語は平坦であってほしい。
幽「ふむ」
 誰が悲しむ事もなく。
 誰がつらい思いをすることもなく。
 しかしその思いが誰に向けられたものかを考えれば、自ずと答えは浮き彫りとなる。
男「今の俺が、変化を急ぐ必要がないからだ」
幽「変わることのよさを知っただのとくっさいせりふを吐いておったくせによく言うわ」
 きっとこいつは分かって聞いている。
男「恥かしいからそういう言い方するな……」
 だから、俺がごまかせばなあなあになってしまうとおもった。
男「しかしだな。それは矛盾しない」
幽「変わりたくないと今言ったばかりではないか」
男「そう。だから、今の俺は、なんだよ。この先の時間で変わる必要があるのは理解している」
 では、なぜか。
男「ありていに言ってしまえば、俺以外に優先するものがあるんだ」 
幽「……」
男「分かるよな」


幽「良い子の答案は面白くない」
男「俺もそう思う」
幽「けっ」
男「でもな――」
幽「ああよい、そういうのは」
 幽霊は眉をひそめて手をふらふらとふった。
 補足する言葉はひつようないようだ。
幽「そうさな。では、私も一つ言っておこう」
男「む」
幽「貴様のその良い子の馬鹿げた言い分――私も一緒だということを忘れるな」
男「……、そうか」
 ふとパズルのピースがはまるような感覚。
男「なるほど、納得した」
幽「物分りはよいの。……まあそういうことだ、続きは後にするかの」
男「なんだ、結局隠し事は教えてくれないのか」
幽「私から言うつもりはない。それに」
 幽霊が部屋の扉に目配せをする。
男「なるほど」
 足音で、誰かがこの部屋に向かっているのが分かった。
幽「ここで話そうと思わぬのは、貴様も同じだろ」
男「そうだな」
幽「まあ、丁度良い」
男「丁度良い?」
幽「こっちの話よ。ではの」
男「……そうか」
 幽霊は天井をすり抜けて消えた。
 丁度良いというのは、話の区切りがよかった、という意味だろうか……?


緑「ご主人様」
 部屋を訪ねてきたのは、緑と茶の二人だった。
 お酒が入っているからか、どちらも少し頬に赤みが差している。
男「どうした」
緑「来ないのかなって」
男「ふむ」
茶「皆来てほしいと思っているようですよ」
男「あまり酒席は得意じゃないんだがな……」
茶「でもほら、せっかく今日はお客様もいるのですし、ホストがいない酒席もどうかとは思いませんか」
男「茶にしてはやけに押してくるな」
茶「うふふ、少しお酒入っちゃったかな」
緑「みんな盛り上がってる」
男「盛り上がってるのか、それこそ水をさしてしまいそうだ」
茶「あーんもう、そんなことないですってばーっ。いいじゃないですか、ほら、ほら」
男「こ、こら、おい、こいつちょっと本格的に酔ってないか!?」
緑「はい」
男「はいじゃないが!」
茶「ほぅらー、行きましょうよっ」
男「わ、わかったわかった! 行くから胸をあてるなっ」


 俺は引き摺られるようにして部屋をでた。
 窓の外は雨が降ってることもあって、いつもよりとても暗かった。
 それと対照的に、廊下にぽつぽつと灯る淡い光がどこか暖かい。
緑「変な歩き方」
男「仕方ないだろう……」
 気乗りはしないが、酒席にでることはやぶさかではない。
 だから嫌々歩いているわけではなかった。
 そうではなく変な歩き方になるのは、腕を引く茶の豊満な胸がわざとらしいほどにぐいぐいと当たっているからだ。
 誘惑を堪えつつ歩くのは、難しい。
茶「うふふ、とうちゃくう」
男「ふう」
 捕まえられてた腕が開放されて安堵。
 そうして俺は、みんなの集まっている部屋へと連れ込まれた。


 入ってすぐに俺は足を止めた。
男「む……」
 部屋は入ったところが人一人寝れる程度の短い通路となっており、その向こうに長方形型の部屋があるというまるでアパートのような構造となっているため、まだ俺が入ったことに誰も気づいた様子はない。
緑「……?」
男「……」
 すぐに酒の香りが鼻を突いた。
 思っていたより濃い。
 なるほど、そこそこ本格的に飲んでいるようだ。
男(まあ、それは問題ではない)
 酒は得意ではないが弱くもないつもりだ。
 ところでこの部屋は屋敷でもそこそこに大きなくつろぎ用に使われる部屋ではあるが、パーティ用でもなければもちろん食堂でもない、ただの普通の部屋だった。
 おそらく全員がいるだろうから十六人。さすがに窮屈さを感じ出すほどであろう。
男(ああ、それすらも問題ではない)
 この屋敷が大きすぎるだけで、多少の狭さを感じるくらいは大したことがない。
 俺は様子見をしようと隠れつつ覗く。
 全部は見えないが、確かに茶の言ったとおりとても盛り上がっているようだった。
男(問題は……)
 この部屋にいる人間が全て――女性だという事。


男「やっぱり帰る」
茶「ええー、ここまできてー!」
 匂いが鼻を突くどころの騒ぎではない。
 十六人の女性が集まって、しかも酒を飲んでいるのだ。
 むわりと目に見えるかのような芳香が、部屋中を満たしていて当然だった。
 それは汗の匂いか、それとも体臭か。いやまた別のものなのか。
 なにせ鼻から入った匂いが脳天を突いてつま先まで刺激を流すのに少しの時間もいらなかったから、判断をする余地もなかったのだ。
 生半可なものではなかった。
 とりあえず行ってみるかという気持ちで入って良い部屋ではなかった。
青「やーの」
男「む……」
 いつのまに見つかったのか、青に服の裾を握られていた。
男「お、お前も飲んだのか」
青「こくん」
 青の目はいつもよりもっとぽーっとしていて、力がぬけているのか口が少し開いている。
 それはどこか物欲しそうな口元にみえた。
 意識しているのかいないのか。
 そこはぐっと、まるで胸の内側を直接捕まえられたかのように、異性として惹き付けられるものがあった。
 なにかを添えてみたいと思わせる半開きの紅い唇が目を奪う。
 成熟しきっていない体とはいえ――
青「じー?」
男「む? ……あ。い、いやいや、なんでもないぞ」
 ぶんと顔をふって、現実にもどる。
 惚けていたようだ。
 じーっと青の顔を見てしまっていたのか。
青「……?」
 なんでもないよ、と頭をぽんとなでる。
 青は猫のようにうなった。


男(これはまずいな……)
 このままではさすがにあらゆる意味で慣れてきている俺とて、場の空気に飲み込まれかねない。
 おそらく、警戒していれば大丈夫だとかそういう気の持ち様で耐えられるようなものではない。
 危機感に煽られた。
緑「どこいくの」
男「俺の部屋に戻る」
緑「なんで」
男「危険だ。ここはとても危険だ」
緑「ふむ」
 緑は頷く。
男「納得してくれたか。では――えっ」
緑「危険じゃない」
 緑は青と二人で服の裾を掴んでいた。
男「お、おい、これは本当に……」
 振り返ろうとする。
 が、すでに背後は茶に取られていた。
茶「まあまあ」
 前に二人、後ろに一人、狭いこの場に逃げ場はない。
 扉から一歩踏み込んだ時点ですでに、その選択肢はなくなっていたのだ。
 既に袋の鼠であった。


女「あれ、あんたきれたのー!?」
男「きれた……? ああ、ろれつ回ってないのか」
 青に続いて気づいたのは、メイド長らしからぬ千鳥足で、通路へときた幼馴染だった。
女「そんなとおろでなにやってるんお?」
男「帰ろうと思って名」
女「えーっ、なんでお! 中はいんあよー!」
 ふらりと倒れかけたので、あわてて支える。
男「ああほら。お前酒弱いんだから……」
女「いーっしょ! べうにっ!」
男「よくないだろ、こんなになって」
女「きにしないーっ」
 すでに出来上がっていると言うよりは、もうすっかり熟成してしまってる。
男「あ」
 思ったとおり、彼女はすぐにこてりと意識をうしなった。
男「ったく」
茶「運びますよお」
男「頼む。別の部屋に移すか……、いや起きた時に別の部屋では拗ねるかな」


黒「赤と四が潰れた人の面倒を見ている……、そこに連れて行けばいい」
 足取りふらりと、黒が現れた。
男「黒か。分かった、茶、赤の方にこいつを連れてってくれ」
茶「はあい」
 茶は酔っていると言う割には地に足の着いた動作でメイド長を運んでいった。
男「で。……お前もふらふらだな」
 黒は壁に寄りかかりながら歩いていた。
黒「すまない、あまり酒は強くないと分かってはいたのだが、つい飲みすぎてしまった……」
男「構わない。楽しかったならいいさ」
 黒はふっと笑った。
黒「すぐに回復するように、する。申し訳ないが一度外の風にあたってきてもいいだろうか」
男「ああ、それがいい。青、一緒に行ってやってくれ」
青「こくん」
黒「ああいや、大丈夫だ。看病が必要なほどではない」
男「ん、そうか。分かった、ならゆっくり休んで来い」
黒「ありがとう。では失礼する」
 黒はそう言って、ふらりふらりと部屋を後にした。


 部屋はやはり窮屈さを感じるほどに人――女だらけ。
 一応先のこともあるから人数確認。
 うん、黒を除いて全員いる。
銀「おおっ、ご主人様だーっ! きたんすね!」
二「ふむ、来ないと思ってましたが」
男「お、おう。……お前ら、なにやってんだ」
 金と五が、絨毯の上で仰向けに倒されていた。
 どちらも力なくくたりとしている。
金「お、お主人さあ!? ああたすけてくらさ――ああらめっ、こんあの見せらえませんわっ」
五「こ、こら二っ……。男性が来たのだから、ほ、本当にもうやめなさい……」
 どうやら飲まされた後のようだ。
 金に至ってはろれつもあやうい。
男「えーと……」
 その上に乗りかかるようにして、銀と二。
 こちらの二人はとても元気そうだった。
 抵抗する非力な二人を、なでるように押さえつけていた。
銀「どっちのですわの体がエロいのかっ」
二「確認をしているところです」
男「はあ……、えっ」
 良く見ると金も五も服は着ているものの、ところどころはだけている。
金「どっちのですわ、って、なんなんですのお!」
五「なんとなく、言いたい事は、分かりますけれど……」
男「……っ」
 すぐに俺は目をそらす。
 露出した肌と乱れた服。
 抵抗しても力なく、声だけでもとがんばる姿が、いやでもいやらしく見えてしまう。
五「あこら、二っ」
二「抵抗が弱いのでつい。ううん、すばらしい肌ですね」
五「ち、ちょ、やめっ」
二「どうですか、うちの五はエロいでしょう」
銀「おおおお、すばらしいっ! 五さんは冷静気取りつつも顔が蒸気してるあたりがとても……とてもっ!!」
二「分かってますね」
五「ち、違います……っ」
銀「金ちゃんも負けてられませんよーっ」
金「あ、銀、こ、こあっ」
銀「ほらあ、あまり抵抗しないじゃないですかっ。ね、金ちゃん本当は嫌ではないんですよね、ドMですもんねー」
金「ち、ちあらが入らないらけ、れすわ……っ」
二「なるほど、金さんは頑張って抵抗しているつもりなのにできてない。ううん、嗜虐心をそそりますね彼女」
銀「おお分かってる! そうそうそういうえろーすなんですよねー!」


 俺はそそくさと、赤と四がいる端へと移動した。
男「お、おい、なんでとめないんだあれ」
赤「あははあ……、とめる人がもういないんですよ」
四「皆ダウンしてるの」
 見るとそこには、メイド長を筆頭に桃、紫、褐、そして一と三までもがすーすーと寝息を立てていた。
男「なんだ、盛り上がってるのはあそこだけか」
茶「ご主人様を呼びに部屋を出た時は、まだ紫ちゃんと褐ちゃんくらいしか倒れてなかったんですけどねえ」
男「この二人は見るからにあまり強くなさそうだからな……。赤と四は飲んでないのか」
赤「あはは、飲みましたよ。ほら、顔紅くないですか?」
 赤は「よいしょ」とつぶやいて座ったまま俺のほうに寄ると、頬を差し出してきた。
 ああたしかに、いつもの赤はこんな大胆な事しないな。
男「わ、分かった分かった、そう顔を近づけるな」
赤「ふふ。私アルコールでも入らないとこんな事できないですから……、ごめんなさい。いつも皆うらやましいなあなんて思ってました」
男「赤はいつものままの方が助かるよ」
赤「もう」
男「でも、あまり酒が回ってるようには見えないな。強いのか」
赤「はい、生まれ的にお酒には強いんですよ、私」
男「あー……」
 そういえば全員出身地が違うのか。と当然のことを思い出す。
赤「四ちゃんもだよね」
四「うん」
赤「だから一緒にここで、潰れた人を介護してました。ねー」
四「ねー」
 赤と四は仲良さげに笑った。


男「そういえば、銀と二は飲んでないのか。かなり元気なようだが」
緑「結構飲んでる」
四「あれで酔っ払ってる」
男「そうか、まあ確かに銀もいつもより悪乗りしてるようにも見えるな。二もいつもよりひどいのか」
四「うん。いつもはもうちょっと大人しめ。からかうのが好きなのは変わらないけど」
男「ああ、だから銀とソリが合ってるのか……」
 納得してしまった。
男「あ、あんまりあっちは見れんな……」
 既に金も五も下着だけにされているようなので、あわてて目を背けた。
 金のつけていたひらひらとした可愛らしい下着と、五のつけていた黒い大人っぽい下着が目に焼きついてはいたが、とりあえずそれは考えないようにした。
赤「あの、ご主人様も座ったらどうですか」
男「えっ、ああ」
 さっさと退場しようと思っていたから、まだ腰を落ち着けていなかった。
 だが今更部屋に戻ると言うのもなんなので、俺はあきらめて胡坐をかいた。
赤「一杯いきますか」
男「いただこうかな」


青「すぅ」
男「お?」
 赤の入れた杯を一口煽ろうとした拍子、青がこてんと倒れこんできた。
赤「あれ、青ちゃんも寝ちゃったかあ」
男「既にさっきからふらふらしてたしな」
 ちょうどひざまくらのような形である。
茶「うふふ、これで逃げられませんね」
男「そうだなあ……」
 動けば青を起こしてしまう。
 これでもう身動きは取れない。
男「まあ、もうあきらめてる」
緑「知ってる」
 頭はクラクラしていたが、入ってしまえばいつもの通りである。
 自分が手を出さなければ問題ない。
 銀や二が多少盛り上がっているが、それ以外に大した刺激はなさそうだ。
四「すごく綺麗な髪」
 垂れた髪がまるで一枚の布のように広がって、白よりも少し暖色の部屋の光で、シルクのように煌いた。
男「ああ。こいつの髪は本当の意味で超一流だからな」
 自分のことでもないのに、つい自慢したくなってしまうさらさらの、そして何より色濃い青の髪。
 数本の髪の毛が青の顔に掛かっていたので、そっとどけようとおもって、ふと手が止まった。
 直接髪に手を触れるのも憚られる。
赤「ご主人様も、同じ王様なのに」
 その心情を見抜いたか、赤が言う。
四「王様?」
男「なりゆきで名前だけがそうなってるだけだよ。実際の王は群青ってやつで、俺じゃない」
四「名前だけでも王様なら、すごいね」
男「すごくないさ。本当に王は俺じゃない」
 それは結局、ただの偶然。
 いつのまにか出来ていた流れがそうしただけで、俺自身が一番、それを申し訳ないと思っている。
 意図などなく、ただ純粋なわがままと、俺のその場限りのいつわりの善意が、そうした結果を生んだだけ。
四「そうなの。……でもここの王様は、貴方だよね?」
男「えっ」
赤「ですよー。この家の王様はご主人様です」
男「まてまて、俺は別にそんなつもりは」
四「王様なら、その髪にも触れられる。国の王ではなく、ここの王だとしても」
男「何故」
 俺は王ではない。青き群れを束ねるこの髪の持ち主に、俺は触れる事も許されない。
緑「青はこの家の一員」
男「む……」
 しかし彼女は。個人としての彼女は。
 今、どこにいるのか。
男「ああ、ったく」
 あまり変に格好をつけて考えるのは、得意ではない。
 俺は無造作に青の髪を払うと、もうその話題には触れないのであった。


茶「ご主人様」
男「ん?」
 茶がいつのまにか視界から消えていた事に気づく。
男「わ」
 唐突に、後ろから重み。
茶「うふふ、実は私結構回ってるみたいなんですけど」
男「回ってる……?」
茶「お酒がです。でも自分では良くわからないんですよお」
男「はい」
茶「なのでご主人様、私の体にどれくらいお酒が回っているか、見てもらいたいなあなんて」
男「いいえ」
 つつ、と茶は指の腹で首筋を撫でてきた。
茶「はいでしょう?」
 あまい吐息が耳にかかる。
男「……お、おい」
 吐息は熱を持っていた。
緑「実は茶は一番飲んでた」
四「酔うけど潰れないタイプ」
男「一番タチが悪い」
 とか話しているうちに、茶はだらりとしな垂れかかって来る。
茶「ごしゅじんさまあ、あむう」
男「む!?」
 耳を噛まれて、とっさに離れる。
 しかし青が寝ている以上上半身しか動かせないので、それも大した抵抗にはならない。
赤「わ、私もこれくらいしようかなあ……」
男「いい、しなくていい!」
茶「んー」
 回された腕が、ぎゅっと俺の体に抱きついた。
 動ける上半身すら絡められて、いよいよ俺は狼狽する他なくなってしまう。
男「た、助けてくれ」
緑「据え膳食わぬはなんとやら」
男「もうそれ何回も聞いた気がするが……、俺は食わんぞ」
緑「据え膳食われぬは女の」
男「だからって変な言葉作ろうとするなっ」
四「その気持ちよく分かるよ」
緑「据え膳になるのとされるのとではまた違うよね」
四「うん。私のあれはどっちだったかな……」
緑「どんな話?」
四「えっと」
男「おい助け、おい」
茶「ごしゅじんさまあんっ、んん、おっきくなってるう」
男「ち、ちょっとまて、そ、そこはだめだ……ぁっ!」
 夜はゆっくりと、更けていく。


男「誰か、いるのか」
 玄関に鍵は掛かっていなかった。
幼馴染「なんだろうね、ここ」
 エントランスは広く、どこか寒々しい。
 こんな田舎の山の中には到底似つかわしくない、立派な洋館だ。
 天井にはシャンデリア。
 しかし光はない。
 暗くてよく見えないが、ここは吹き抜けになっているようで、この広間の中央には半円状の二つの石で出来た階段があった。
 それらはどちらから上っても同じく、途中の踊り場で連結している。
 そこからまっすぐ一線に上れば、おそらくあれが二階。横一線と左右、エントランスをまるで見下げるようにできた通路に、複数の扉があった。
 その中央。階段を上ってすぐの扉。それだけはどこか大きく、何か違った空気をもっていた。
男「……」
 異様な扉に、なぜか沸き起こる警戒心。
 しかしそれも、深く考えてはいられなかった。
男「――っ!」
 一瞬、見えていたはずの光景が見えなくなったからだ。
 振り返ると、扉が独りでに閉まっていた。
 どうやらそこから入っていた光がなくなったから、見えなくなったようだ。
幼馴染「な、何も見えなくなっちゃった……」
男「ああ」
 さっきまでうっすらと見えていた光景は、まるで突然墨が流し込まれたかのように真っ暗闇。
 扉は風で閉まったのだろうか。
 しかしあまり風は強くなかった気がする。
幼馴染「そういう造りなんだよ。……たぶん」
男「そうだと、いいんだが」
 確かに、大きく開けて入ったわけじではない。
 勝手に閉まる事も十分に考えられた。
 場所と状況が、変な想像を掻き立てているだけだ。
男「とりあえずここで、雨を過ごそう。雨が止んだらこの辺りの民家を探して電話を借りればいい」
 携帯電話は、圏外だった。電話はどこへもつながらない。


幼馴染「なんだか、クローズドサークルみたいだね」
男「……そうだな」
 雨の山の中で、車も使えず、電話も使えず、逃げ込んだ場所は人気のない洋館。
 なるほど、これはミステリーの紋切り型だ。
男「雪山とか孤島でないだけマシだよ」
幼馴染「そ、そうだね、いざとなったら逃げられるもんね」
 しかしこの雨だ、先も余り見えない中を移動するのは、結局危険な事に変わりない。
男「電気を探そう、もしかしたら、通ってるかもしれない」
幼馴染「そ、そうだね」
 俺達は玄関扉の端から、壁をつたって手探りで探す事にした。
 しかしとりあえず一面探し終わっても、それらしいものは見当たらない。
男「向こう側も見てみよう」
幼馴染「うん。……ふえ!?」
男「む!?」
 目がくらむ。
 突然部屋中が光に満たされたらしい。
男「なんだ……?」
 シャンデリアに光がともっていた。
 しかしそれはろうそくではない、おそらく人工的な光。
 やはり電気はどこかで通っているようだ。
 明かりがともったことで、エントラスがさっきよりももっとはっきりと見渡せた。
 暗くて分からなかったが、見れば要所要所には趣味の良い調度品が置かれていて、思ったよりもさびしくはない。
 しかしどれもどこか影と愁いを纏っているようで、先に感じた寒々しさはやはり変わらなかった。


幼馴染「ね、ねえ、あれ……」
男「ん……、……!?」
 見上げた先、階段の踊り場に。
?「遅れてしまい申し訳ありません」
 つややかな黒髪の、若い女が立っていた。
?「まさかこのお屋敷に突然の来客があるとは思わなかったもので」
 目鼻立ちのはっきりした、端正な顔立ちの美人だ。
 黒と白の質素なワンピース、いやあれはメイドの服だろうか。いやいやもしかしたらシスターかもしれない。
 そんな何と判断のつかない、おそらく古典的ないでたちの女性。
幼馴染「ご、ごめんなさい勝手に入ってしまってっ」
?「それはお気になさらず。必要だから入ったのでしょう? 咎めようなどとはつゆほどにも思っておりませんよ」
 彼女は答えつつ、悠然と階段を下りる。
 しかし彼女はどこから現れたのだろうか。
 突然あの場所に現れたというのはどうにも腑におちない。
 では一番近い出入り口はどれか。
男(……、あの扉、か)
 階段を上ってすぐの、他とは明らかに造りの違う、異様な扉。
 なるほどあそこから出てきたならば、突然現れたようにも見えるかもしれない。
?「雨で遭難でもなされましたか」
男「……あ、はい。そうです」
?「そうですか。多少雨で濡れておられるようですし、まずは拭う物が必要ですね。ここではなんですから、お部屋にご案内いたします。どうぞこちらへ」
 女性は階段を下りると、そのすぐ隣にあった扉を開けた。
 俺達にはそれについていく事しか、今は出来なかった。


 部屋は白を基調とした長方形。
 大きなエントランスを見た後だからか、とりあえずは庶民でも落ち着けるぐらいに小さな部屋ではあった。
 それでもアパートにすんでる俺の部屋の三倍は大きいけれど。
 中央には白い布の掛かった机と、それを囲むような茶色のソファ。
 角には古い時計があって、金色の振り子が動いているのが見えた。
 カーテンはぴっちりと閉まっていた。
 なるほど、これでは電気がついていても外に灯りは漏れなそうだ。
男「貴方は、ここの……」
使用人「いえ、私はただの、使用人。主は今立て込んでおりますので」
 強烈な既視感。
男「使用人……」
使用人「どうなされました」
男「い、いや。なんでも」
 なんだろう。
 やっぱり、さっきからどこかおかしい。
 この眩暈感はなんなのか。
使用人「どうぞ」
 彼女からタオルを受け取って、俺達は軽く体を拭きつつ、ここにたどり着いた経緯を話した。


使用人「なるほど、土砂崩れですか。そうですね、この辺りはあまり整備も行き届いていませんものね」
 使用人はなるほどと言いつつも、まるで最初から知っていたとでも言うかのように無表情。
幼馴染「あ、あの、何故こんな場所にこうも立派な洋館を……?」
使用人「……」
 一瞬、彼女の目が揺らいだ。
幼馴染「ご、ごめんなさいっ、不躾な質問でしたよね……っ」
使用人「ああいえ、そういう意味では。……ただ、この屋敷が立てられた当時、私はここの使用人ではなかったもので」
幼馴染「そ、そうなんですか」
 いまや恋仲である幼馴染の彼女は、どうにか場を明るくしたいようだった。
 しかしこの使用人は表情を大きく変えない。
 だからとてもやりにくそうだった。
使用人「とりあえず雨が止むまで、この屋敷をお使いください。雨はもう少し続きそうですから、ベッドのあるお部屋も用意いたしましょう」
男「いや、そこまでしてもらうのは……」
使用人「お客人にこの部屋で一晩明かさせるなどできません」
 幼馴染は、ついついと耳打ちした。
幼馴染「ど、どうする? 突然だしやっぱり悪いよね?」
男「うーむそうだな……」
 ベッドのある部屋、つまり寝室まで用意させるわけにはやはりいかないと思った。
 しかし。
使用人「下手な遠慮は不要ですよ。貴方達が雨宿りを欲したから、客人として迎えたこの家が与える。既に迎えた身ですから、中途半端にはできません。むしろこちらのわがままと取るくらいでも構いませんので」
 そこまで言われたら、断るわけにはいかなかった。
男「分かりました、ではお言葉に甘えさせていただきます」
使用人「はい」


 用意された寝室は、思っていたよりもシンプルだった。
 概ね洋館というのは、寝室もそこそこには絢爛にするものだが。
男「いやいや。そんなものどこで見たんだ……?」
 見たこともないのに、何が概ねか。
幼馴染「どうしたの?」
男「なんでもないよ」
 上着を脱いで、俺は椅子に座った。
幼馴染「さっきから何か変だよ?」
男「ん、いや……。まあなんていうかな、既視感があるんだよ」
幼馴染「既視感……? あ、確かに私もちょこっとだけ思った」
男「本当か? うーん、偶々ではないのだろうか」
幼馴染「夢でもみたんじゃないかなあ」
男「ふむ」
 夢で見ただけ、というのではどうもこの感覚を片付けられる気はしなかった。
男「まあ、いいか。とりあえず、雨が止むまで落ち着けるのは幸いだ」
幼馴染「うん、そうだね」
 強い雨の中、土砂崩れまで起こして前にも後ろにもすすめなくなった山奥という状況は、実際恐怖と焦燥を伴っていた。
 近くに民家があるかも分からなかったし、なれない土地だ。
 簡単にどうすることもできない。
 そんな心中であったから、こうして家を見つけ、尚且つ人と出会い、こうして寝床まで与えられたのだ。
 既視感の眩暈を覚えつつも、こうして人心地ついた今、安心感がそれを上回っていた。


 とんとんと、ノックされた。
男「はい」
使用人「失礼します、言い忘れたことがありましたので」
男「……?」
 使用人は部屋に入ると、そのすぐ扉の前からこちらへは来ようとはしなかった。
使用人「私はこれから少し所用につきますので、その間このお部屋から出ないでいただきたいのです」
男「あ、はい。分かりました」
使用人「用を足す場合はこの部屋にバスもトイレもありますので、そちらでお願いします」
 俺は頷く。
使用人「……何があっても、ですよ」
幼馴染「あ、あの……」
使用人「大した時間はかからないはずです、食事が必要でしたら戻ってきた時に言いつけてください。では」
 そう言って使用人は礼をすると、部屋から出て行った。

幼馴染「あんまり屋敷の中を回ってほしくないのかな」
男「どうだろうな……」
 確かに、客人として扱ってくれているとはいえ、見知らぬ人間に家の中を勝手に歩かれるのは好ましくないだろう。
 しかしそれならば一言そう言えば良いはずである。
 念を押してきたのには、何か理由があるのだろうか。
男「まあなんだ、今は好意に甘えて寝ておこう」
幼馴染「う、うん。そうだね」
 幼馴染がふと、止まった。
男「ん?」
幼馴染「ベッド、一個しかないんだけど……」
男「あ」


 赤と四、そして緑と共に適当に飲んでいると、いつの間にか部屋は静かになっていた。
男「ん、あいつらも寝たのか」
緑「ぽい」
 茶はでろんでろんに酔っ払っていたので、さっさと寝かしつけた。
 その際茶があまりにベタベタとしてくるので青が少し起きてしまったのだが、自分から頭をどけて別の場所で寝息を立ててくれたので俺はとりあえず何を逃れた。
 だから今は、残った四人で飲んでいたのだ。
五「あ、あのー、もし……」
男「あれ、五?」
五「はい。あ、あのできれば……、乗りかかってるこの子、どけてはくれませんか」
男「なるほど」
 覆いかぶさるようにしてじゃれあっていた四人――正確には襲う二人と襲われる二人――は、そのまま重なって寝息を立てていたのだ。
 金と銀、そして二が寝静まった中、五だけが起きていたようだ。
 ちなみに金の脱げかけの下着はかろうじて銀の手によって隠れて見えなかったので、俺はほっとした。
男「ちょっと行ってやってくれ」
 男の俺では女の子を触ってどけるなんてことはできない。
緑「任せて」
赤「はーい」
四「私もやるよ」
 三人は手際よく、寝入った金、銀、二をどけた。


五「ふう、助かりましたわ」
男「むっ」
 五もまた、ほとんど裸同然だった。
五「あ、やだ……。ごめんなさい」
 五は楚々と胸元を隠す。それに一瞬目を奪われた。
男「服、着ろ」
 やはり危ない。
 俺は煩悩を振り切って、すぐさま後ろを向いた。
五「ふふ、ありがとうございます」
 五は嬉しそうに笑った。
四「服これ」
五「はい」
 衣擦れの音に耳をふさぎたくなるが、失礼とおもってそこまではできなかった。


五「もう、全く二は調子にのるんだから」
赤「銀ちゃんと息ぴったりでしたからねえ」
五「ええ、本当に。……まあでも、楽しい顔をしていたので強くは怒れませんわ」
 後は二の頭を、コツンと軽く叩いた。
五「いけない子ね」
男「あとで銀もしかっておかないとだな」
赤「あはは……」
緑「どっちの方がえっちかった?」
男「え?」
緑「くらべっこしてた」
男「ああ……」
 そうだ、銀いわくさっきのじゃれあいは“そういうの”を競い合っていたのだった。
男「ってほとんど見てないから分からないよ……」
五「ドローですか。残念」
男「の、乗り気だったのか」
五「ふふ、冗談ですわ」


三「ん……、あれ?」
五「三、おはよう」
 三がむくりと、起き上がった。
三「あれ、寝ちゃったか私」
五「ええ、一と同じくらいに」
三「あちゃ。もうちょっと強いつもりだったんだけどなあ。……ってなんであんたいるの!」
男「お、おう、俺も不本意だったんだがな」
緑「呼んできた」
三「……ぐ。ね、寝顔見た……?」
男「多少は……?」
三「……!!」
 三は、お酒を飲んだ後よりも顔を紅くした。
男「お、おい」
三「ば、ばかぁああ!」
 そうして乱暴に立ち上がると、部屋から出て行ってしまった。
四「あら」
緑「ふむ」
五「三たらもう……」
男「怒らせてしまったか……」
 あそこは嘘でも見てないというべきだったかもしれない。
五「たびたびごめんなさい。出来れば三の事、追いかけてあげてはいただけないでしょうか」
男「え? 追いかけたらもっと嫌がらないか」
五「きっと、大丈夫ですわ」
男「うーむ……、分かった。信じるぞ」


男「おい」
 部屋を出てすぐのところの窓で、三は寄りかかっていた。
三「……」
男「悪かったよ、ごめんな」
 三は眉を寄せていたが、それはなぜか次第に困った顔になった。
 ゆっくりと、三はこちらを向――こうとして窓の外に目をもどす。
三「……べ、別にいいよもう」
男「そうか。……すまない、次回以降注意する」
三「うん」
 三ははあ、とため息をつく。
三「あんたさ」
男「はい」
三「好かれてるよね」
男「誰に」
三「ここのメイドに」
男「家族みたいなもんだからだろ」
三「……違うと思うけど」
男「それが違うなら、俺が助けた事に変に恩を感じてる事がそう見えるだけだ」
三「それ聞いた。でもそういう意味じゃない」
男「む……」
三「まあいいや。それはそっちで。……私が言いたいのはその……」
 三はうつむいた。
三「……ごめん。勘違いしてた」
 また、ため息。
三「貴方、悪い人じゃなかったよね。……ごめん」
男「ああ……」
 三は俺を半ば敵視していた。その事に対する謝罪のようだ。
男「……いいよ。あれは仕方ない。話を聞けば警戒されるのも良くわかる」
 大まかな部分は最初に聞いていたが、さきほど四からそれよりも詳しく話を聞いていた。
 確かに警戒されてしかるべき。
 むしろこれほどまで状況が酷似すれば、警戒しないほうがおかしいくらいだ。
三「でも……」
男「気にするな。どうしようもなかったよ」
 こればっかりは、どうしようもなかったのだ。
三「……ごめん」
男「いいって」
三「むう……、なんかあっさりしすぎて張り合いない」
男「そう言われてもな……」
 三はじっと俺の目を見た。
 そこにもう警戒心はなかった。
三「……はあ、分かった」
 三は窓から離れる。
三「その話は終わる。で、聞きたいこと聞く」
男「ん、なんだ」
三「……」
男「む……?」
三「トイレ、どこ」


 三をトイレに案内して、俺はそのまま部屋に戻る事にした。
 外で用を足し終わるの待っているというのも変だと思ったからだ。
男(誤解が解けて良かった)
 内心とてもほっとしていた。
 あれだけの警戒心がそんなに簡単に解けるとは思っていなかったからだ。
 おそらく。
男(皆が、仲介してくれたんだろうな)
 そうでもなければ、ああ突然素直にはならないと思う。
 あとでお礼を言っておこう。
男「ん……?」
 廊下の向こう。
 なにか音がした気がした。
男「なんだ」
 ほぼ全員がさきほど酒を飲んでいた部屋にいるはずだ。
 ではそれとは全く別から聞こえるこの音は何か。
 俺は小走りでそちらに向かった。
男「おい黒、いるか」
 声を掛ければいつも返答のある黒が、今はいなかった。
 おそらくまだ夜風にでも当たっているのだろう。
 もしかしたら疲れて先に寝ているかもしれない。
男(いやこの音の元が黒か?)
 それなら筋も通る。


男「ここは……」
 忘れていた渡り廊下。
 繋がる先は――
男「洋館へ繋がる道か……」
 鍵を貰っていこう、ほぼ出入りをしたことはない。
 軽く中を覗いた程度がせいぜいだ。
 その向こうから、音がする。
 ドンドン。
 何かを叩く音?
男「誰かいるのか」
 俺は恐る恐る近づいた。
 渡り廊下はそこそこに長く、その丁度真ん中に扉がある。
 この向こうが洋館となっているのだが……。
?「お、おい、そこに誰かいるのか!?」
男「!?」
 声は扉越しながらそこそこはっきりと聞こえた。
 どうやら男の声らしいが、聞きなれない声だった。
男「いる。お前は誰だ」
?「た、助けてくれないか!」
 とても焦ったような声だった。


 結局俺は、いまだ椅子にすわったままであった。
幼馴染「一緒に寝ればいいのに……」
男「い、いいからさっさと寝ろ」
幼馴染「むうー」
 ダブルベッドであるから、確かに二人で寝ても余裕はあった。
男(なぜツインじゃなくてダブルなんだ……)
 あの使用人は気をきかせたつもりだったのだろうか。
 いや確かにまちがっているわけではないんだが……、むむむ。
幼馴染「ねね、すごく気持ちいいよ? このベッド」
男「そうか」
幼馴染「ね、おいでよ」
男「いかん」
幼馴染「なーんでー」
男「いかんものはいかん」
幼馴染「へーたれー」
男「何とでも言え」
 彼女はくすくすと笑う。


 部屋がノックされた。
男「はい」
 使用人がもどってきたのだろうか。
?「ああやはりこちらに」
男「ん……?」
 聞きなれない声。男の声だ。
男「どなた、ですか?」
主「ああ、どうも始めまして。私はここの主人ですよ」
男「ああっ! こ、これはお世話になりまして……」
主「いやいや。大したお構いもせず。客人が来たと使用人から聞いてね、さすがに主が顔を出さぬままというのもいけないなと」
 そうだ、考えてみれば彼女は使用人。
 ということは、それを雇用している主がいて当然なのだ。
主「どうですか。少しお話でも」
男「ぜひ」
 断る理由などあるわけがな――
男「あ、えっと」
 ――ある。
幼馴染「ね、ねえ、いいの?」
 この部屋から出るな、と念を押してあの使用人から言われているのだ。
主「どうしました?」
 部屋に鍵は掛かっている。向こうから開けることは出来ない。
 しかし相手はこの館の主だ。
 鍵をかけっぱなしでは失礼にすぎる。
男(どちらに従えばいい……?)
 使用人の出るな、か。
 ご主人の話をしよう、か。
 優先されるべき順位に戸惑った。
 何があっても、にご主人の誘いは含まれるのか含まれないのか。
幼馴染「君に、任せるよ」
男「……分かった」


 二つの言葉に矛盾しないもの。
男「どうぞ」
 部屋から出ずに会話をするには。
 そう。この部屋の中で、話せばいいではないか。
 俺は扉を開けた。
主「どうも」
 一瞬警戒はしたものの、扉の前にいたのは至って普通の紳士だった。
 年は余り食っていないように見える。
 ワイシャツにスラックス。
 どこかで見たような組み合わせだなとおもってから、いやいや普通だろうと首を振る。
主「おや、これは失礼。もう終身のおつもりでしたか」
幼馴染「あ、い、いえっ」
 あわてて彼女はベッドから飛び上がる。
幼馴染「ごめんなさい……」
主「いやいや、私の方が謝らなければ。どうにもタイミングが悪かったようですね」
幼馴染「だ、大丈夫ですっ」
主「お気を遣わずとも。時間も時間ですし、お疲れでしょう。また明日にでもしますか」
 ちらりと幼馴染の方を見る。
 確かに長時間のドライブの後に遭難をして今に至る流れ、疲れがたまっていてもおかしくない。
 実際、彼女は半分眠りかけていた。
 ここは気を効かすのは俺であろう。
男「すいません、彼女は疲れているようなので。自分はまだ眠くもないので、よければどこか場所を変えてでも」
 部屋から出るなといわれて入るが、さすがにご主人が相手では話が違う。
 なにより悪い人間には見えなかった。
主「おお、そうですか。ありがとう、嬉しいよ、最近若い子と話す機会はないからね。アルコールはいけるかい」
男「あまり強くはありませんが、大丈夫ですよ」
主「ではセーブしないといけませんな。それでは行きましょう。申し訳ないがお嬢さん、少し彼氏を借りていくよ」
幼馴染「か、かれっ」
男「う……」
主「おやそういう仲ではないのですか」
男「と、とにかく行きましょうっ。じ、じゃあな、おやすみ」
 ご主人が笑う中、俺はそう言って部屋から出た。


 ご主人はとても愛想の良い人だった。
主「ひさしぶりの客人ですからね。持成なしましょう」
男「突然の来訪というのに、恐縮です」
主「なに、話し相手が出来て私が嬉しいくらいですよ。ここは田舎も田舎、それも山の中のですからね。今日も暇をもてあましていたところです」
男「役者不足にならないよう頑張ります」
 ご主人は笑った。
主「そうだ、うちの地下にはワインセラーがあるのです。そこから選りすぐりの一本を持ち出しましょう」
男「そ、そんないいですよ。ワインの味も大して分からない若造です」
 こんな巨大な洋館でだされる選りすぐりの一本ともなれば、一筋縄ではいかない逸品がでるに違いない。
 しかし俺にその味が分かるとは到底思えなかった。
主「はっはっは。私とて世間一般の若いのがワインの味を知っているとは思ってませんよ。単純に良い物であれば、他と比べずとも分かるだけのこと。遠慮などしないでください」
男「そうですか……。分かりました。ではぜひ」
主「そうだ、どうせなら私が教えてあげましょう」
男「はい」
 俺はあまり会話の上手い方ではないが、ご主人はとても大人な人で、そんな心配はいらなそうだった。
 これならなんとか一夜を過ごせそうだ。


 エントランスに出て、階段を下り、一階へ。
 ちょうど最初に入った部屋と階段を挟むようにして反対側に備えられた扉。
主「ちょっとあけてもらっていいですか」
男「あ、はい」
 なぜかあけることを促されたが、それに従った。
 そこは入ってにすぐ階段となっていて、おそらく地下へと続いていた。
主「足元に気をつけてくださいね」
 全面石造りの通路はとても趣があったが、光が届ききっていないのか薄暗く、また少し寒かった。
 雨だからだろうか。
 石段は少し湿っており、注意せずに歩けば転んでしまうかもしれないなと思った。
 通路はまっすぐ奥へと進んでいた。
男「すごいな……」
 思ったよりもそれは長かった。
 一体この洋館はどれだけ大きいのだろうと思うと、無意識に驚嘆の声も漏れた。
主「金持ちの道楽というやつですよ。自分でいうのもなんですけどね」
男「ご主人は何をされている方なんですか?」
主「今は大したことは何も。ほとんど隠居のような身の上の、暇な人ですよ。君は学生かい?」
男「いえ、今はえーと……、おはずかしながら職探しの途中です」
 ちょっと前まで半ニート。
 しかし今は気持ちを入れ替えて、仕事を探しているところだった。
男(あれ、なんで気持ちを入れ替えたんだっけ……?)
 何かきっかけがあった気がする。
 思い出せない。


主「あそこですよ」
 いつのまにか、行く先に光が見えていた。
 どうやらそこが目的地のようだ。
男(あれ?)
 しかしワインセラーというのに扉は無いように見える。
 開いている? いや最初から扉はないような。通路なのだろうか。
 その時ふと、寒気が走った。
 この場所が寒いから、というだけでは納得できない寒気。
男「あの」
 ふと足が止まる。
 まるで見えない何かが俺の肩をつかんだかのようだった。
主「どうしました?」
男「あ、いえ……」
 何か。
 何か俺も、掴まないと。
男「すいません、と、トイレは……」
主「ああなるほど。大丈夫ですよ、このままいけばありますから」
 違う。
 こうじゃない。
男「そ、そうですか……。……あ、き、今日は何かされてました?」
主「ん? ああ。すぐ顔を出さなかったからですか」
男「はい。忙しい中申し訳ないな、と」
主「ははは、それは気にしなくていいといったでしょう。先も行ったとおり暇な人間。今日は少し出かけていただけですよ」
男「そ、そうですか」
 掴んだ。


男「すいません、眼鏡を部屋に忘れてしまいました」
主「眼鏡?」
男「はい、せっかくワインセラーを見せていただくのに、このぼやけた視界ではもったいないなと思いまして」
主「ふむ」
 ご主人は少し考えるように腕を組んだ。
 俺にはそれが、一瞬の好機に見えた。
男「すいません、すぐ取ってきますね!」
 そう言って、来た道を俺は走り出す。
主「お、おい!」
 とめる声が聞こえたが、聞く気はない。
男(はやく戻らないと……!)


 ワインセラーは、ワインの理想的な熟成と保存に必要な条件を満たしていなければならない。
 一つにはワインが苦手とする光や音の無い場所であること。
 だからお金のある人が地下にワインセラーを作るのは不思議じゃない。
 もう一つは、温度と湿度の管理、維持。
 適切な温度と湿度を、長期的に保たなければならない。
 そのためには。
男(密閉された空間じゃなきゃいけない)
 ワインセラーの扉をあけっぱなしにするわけがない。
男(だから、違う。あそこはワインセラーじゃない)
 しかしそれだけでは断定できない。
 もしかしたらあそこは通路になっていて、その奥にワインセラーにつながる扉があっただけかもしれない。
 だが見えたものは、それとは違う大きな空間。
 なるほどワインセラーだと信じていたならば、なにもおかしいとは思わなかった。
男(その中にあったのは……)
 十字架。
 それは何を意味するものか。
男(……墓地?)
 寒気の正体はこれだった。
 偶然とか、突然とか、感覚だとか。そういうものではなく。
 もっと理屈として、俺は寒気を感じていた。
 彼は嘘をついているのだと、思った。


 だからカマをかけた。
 最初、あの使用人はなんと言ったか?
>使用人「いえ、私はただの、使用人。主は今立て込んでおりますので」
 立て込んでいると。
 しかし彼は暇な人間だといっていた。
 不自然だった。だから聞いた。
 今日は何をしているのかと。
>主「ははは、それは気にしなくていいといったでしょう。先も行ったとおり暇な人間。今日は少し出かけていただけですよ」
 出かけていたと答えた。
男(噛み合わない)
 もし出かけているならば、きっと使用人は立て込んでいるという言葉は使わない。
男(どちらかが嘘をついている)
 それがどちらなのか、確定する要素はないけれど。
男(はやく……!)
 部屋に戻らなければいけないと、警鐘が鳴っていた。


男「はあ……っ、はあ……っ」
 扉を乱暴に開けて、エントランスへと飛び出る。
男「二階……っ」
 階段を駆け上り、踊り場を踏んだ時だった。
男「!?」
 割り当てられた寝室へ向かうための扉が、ゆらりと開く。
 出てきたのは。
主「おや……」
 驚いた顔をしている、ご主人だった。
主「残念。戻ってきてしまうとは。男は墓場に隔離しようと思ったのに」
男「な、なんで、ここに……」
主「なんででしょうね」
 ふと手を上げたところに光る黒いもの。
主「仕方ない」
 とっさに俺は、走った。
 パンと、破裂音。
 明らかな銃声だった。
男「……っ!!」
 かつかつと、彼は歩きながらこちらへと向かってくる。


 わけがわからなかった。
 先まで何事も無く話していた男が、後ろにいたはずの彼が、何故か前にいて俺に銃を向けている。
 誰だ。
 あれは同じ人物なのか。
 いやそもそも、ヒトなのか?
男(くそ……っ)
 見ているものがまるで信じられなかった。
 うら寂しい山中に立てられた、古き洋館。
 きっと踏み入った時から既に惑わされていた。
 そも思い出せば、あの時、洋館を見つけた時、俺はそこに建物があったかどうかさえ疑っていたはずなのに。
男(部屋から出るなって、こういう……!)
 やはり何があっても部屋から出てはいけなかった。
 使用人の言う言葉が正しかったのだ。
男(ここは……っ)
 人の身で軽々しく足を踏み入れていい場所ではなかった。


主「なんだ逃げないのか」
男「っ!」
 無我夢中で走ってたどり着いたのは二階だった。
 踊り場での下りるか上るかの選択肢を、間違えた。
男(逃げるならば、下だった……!)
 頭が上手く回っていない。
 幻を見ているかのような今とあって、頭の回らなさはまるで酒に酔った時の様。
 相俟って酩酊の錯覚を引き起こすのは、既視感が起こす強烈な眩暈。
男「く、ぅ……」
 動いていればまだ銃弾には当たらないかもしれない。
 けれど止まれば、それはおそらく当たってしまう。
 今俺に銃口を向けているあの男に、戸惑いなどないのは分かりきっていた。


男「あ……っ」
 惑わすものがこの館ならば。
男「これは……」
 おそらく眩暈を起こしているのもこの館。
 だからもし酩酊の中でふと一人でに向かった先が思わぬところだったとしても、それは招かれたと取るに足るのではないか。
 俺はすぐに手をかけた。
男「くそ……っ」
 それは二階へと続く中央の階段を上ったすぐ先にある、つまり今俺の目の前にある、扉。
 鍵は掛かっていなかったのは不幸中の幸いか――いやもとより招かれたのならば開いていたのか。
 俺はやはり乱暴にあけて、飛び込んだ。
男「鍵……っ」
 内鍵を閉じる。
 同時に、バンと扉が叩かれた。
 まるで奇声のようなそれは何を喋っているのか聞き取れなかったが、彼がここを開ける術を持たない事は分かった。


男「はっ……はっ……」
 とりあえずの安全を確保して、俺はすぐに頭を抱える。
 彼が出てきたのは、俺達の部屋がある方。
男(あいつは、無事なのか……!?)
 明らかに、意図があってあそこから出てきている。
 何かをしにいったか、既に終わった後か。
 考えればキリがない。
男(助けに戻らないと……)
 でも戻れない。
 今この扉を開ければ、その時点で俺は助けに行く事が出来なくなる。
男(どうする……。……ん?)
 顔を上げると、そこは通路だった。
 地下に向かうようなそれと違い、立派な絨毯が引かれた一本道。
 電気はついていないが、その向こうに何かがあるように見えた。
男「あっちから、出れるだろうか」
 ここが袋小路でない事を願い、俺は進んだ。


 扉があった。
 飾り気の無い扉で、鍵が掛かっている。
 がちゃりがちゃりとドアノブをひねるが、開く気配は一向になかった。
 俺はバンと扉を叩く。
男「誰か、誰かいないか!」
 いるわけが無いと内心では思いつつも、それでも助けを求めずにはいられなかった。
男「誰か……っ」
 扉を叩いても叩いても、反応はない。
 この間にも幼馴染が危険に晒されていると思うと、気が気ではなかった。


 何度叩いた時だったか。
?「誰かいるのか」
 それはまさに奇跡だと思った。
男「お、おい、そこに誰かいるのか!?」
?「!?」
 驚いたように息を呑む反応。
?「いる。お前は誰だ」
 落ち着いた男の声だった。
男「た、助けてくれないか!」
 これも幻かと思ったが、それでもすがるしかなかった。
?「状況を説明しろ、お前は誰で、今どうなってる」
 そんな事を話している場合ではないと思った。
 でも話さなければ、相手だって状況が分からない。
 俺は焦る気持ちを抑える。
男「こ、この雨で遭難して、この屋敷に上げてもらった者だっ」
 俺は矢継ぎ早に、説明をした。


?「使用人と、主……? いや、今は細かいところに突っ込んでいる場合じゃないな」
 相手は話をあまり飲み込めていない様子ではあったが、とにかく状況だけは伝わったようだ。
?「今すぐここの鍵を持ってくる。すまないがもう少しだけ辛抱してくれ」
男「分かった」
 そこでふと、疑問がわいた。
男「……あんたは、誰なんだ」
 もしこれも幻であったらと思うと、聞かずに入られなかった。
?「君がいるそちらの洋館も含めて、この家の主だ」
男「な……」
 想定外の答えだった。
 一体この館は、どれだけ俺を惑わすのか。
主?「例え君が見た相手が主を名乗っていたとしても、それは変わらない」
 それは芯の通った強い言葉だった。
主?「では行ってくる」
 そうして彼は、走っていったのだった。


 しかしすぐに彼は戻ってこなかった。
男「……」
 やはりこれも、いやそんなことは。
 待っているだけというのが、一番つらい。
 巡りめぐった考えが、最悪の想定を見せて精神を削る。
男「主……」
 彼がそうなのか。では俺が見たのは誰なのか。
 どれが本当で、どれが嘘なのか、今の俺には分からなかった。
 分かっていたから、ただ待つ。
 状況が動くのを。
男「……!?」
 しかしそれは、思ってもみない展開を見せた。
使用人「だから出てはいけないと言いましたのに」
 その美しい顔は、紛れも無く俺達を最初に出迎えた使用人。
使用人「さあこちらへ。貴方が部屋をでたせいで、意図しないことまでおこってしまいましたが」
 いざなう先は、戻る道。つまり逃げきた洋館の扉。
男「そ、外にはあいつが……!」
使用人「いませんよ。大丈夫だから、ほら立ってください」
男「……」
 俺は立ち上がる。
男「本当の、主は……」
使用人「本当の? 主は一人しかいませんよ」
 それだけ言うと、使用人はすうと音も立てず扉へと向かった。
 俺はその背を、何も言わずに追いかけたのだった。



男「ない……?」
 洋館へいくための鍵は、箱に入れて俺の部屋においていたはずだ。
 なのに箱の中にそれはない。
男「……そうか」
 この家のどの住人も、勝手に鍵を持ち出す事はない。
 一人を除いて。
 あいつなら持ち出しかねなかった。
 おそらく彼女がこの件を全て知っている。
男「なるほど、な」
 知らなくていい事。
 それは――


幽「うまくいかないものよの」
男「そうみたいだな」
 幽霊はしかしこまった風でなく笑う。
男「話している暇はない。はやく助けにいかないと」
幽「安心しろ、お前が行く必要はない」
男「何故」
幽「向こうは向こうで、解決するからだ」
 この幽霊が、そこで嘘をつくとは思えない。
男「……そうか」
幽「うむ」
男「あいつは誰なんだ」
幽「土砂崩れで困った、一般人よ」
男「……」
幽「不満か」
男「いや、いい。どうせ説明する気はなさそうだ」
幽「わかっておる」
男「検討はついている」
幽「……そうか」
 やはり幽霊は、面白そうに笑う。
幽「さて時間切れじゃの。そろそろ終わらせないといかん」
男「手伝おうか」
幽「ふふ。ならあの五人を揃えて、渡り廊下に」
男「分かった。ああでも鍵がないぞ」
幽「鍵は私が、開けとくよ」


 驚いたのは、エントランスに出た時だった。
男「誰、だ……」
 またしても見知らぬ顔が二人、玄関の前に立っていた。
少女「くすくす、お久しぶりです」
メイド「ごめんなさい遅くなってしまって! 色々ゴタゴタしてたんですよぅ」
男「ひさし、ぶり……?」
 小さな少女と、メイドさん。
 もう頭はパンク寸前だったのに、その二人はそんなことなど知らないと、まるで直接眼の奥に姿を焼き付けるかのように忽然と俺を見返した。
 俺の知っている誰よりも、その二人は存在感にあふれていたのだ。
少女「……そうね。覚えていなくて当然」
メイド「忘れさせちゃいましたからねー! でもこの場ですし、ねっ! 少しの時間だけいいですかっ」
少女「ええ、もちろん」
 少女の許可を得て、メイドはちょいちょいと俺を呼ぶ。
 俺はふらりと、まるで意思もないように、階段を下りた。
メイド「はいこれ、ちょろっと飲んじゃってください!」
 それは一粒のタブレット。
男「これ……は」
 手渡されて、それをみる。
 ああ今この状況で、それはどう取っても怪しいはずなのに。
男「……んっ」
 俺はそれを、抵抗も無く飲み込んでいた。
 それはまるで、あらかじめ決められた定めだったかのよう。
 抵抗することが、物語に書き込まれていなかったかのよう。
 惑わされた夢の淵、たどり着いた場所にはたらりと幕がたれ、震えていた。
 それを俺は、開く。
男「……あ、ああああああああああああああああああっ!!!!!」
 世界が頭に、広がった。


男「お前達、は……!」
 目の前の光景が、一気に現実味を帯びた。
 感じていた既視感は無くなって、眩暈もすうと消え去った。
少女「では改めて。お久しぶりです、お客様」
男「お、おい……、おい……!」
 何故。
 何故今目の前に、この女がいるのか。
男「やめろ……、やめろ……! もう終わったはずだ、全部全部終わったはずだ!!」
 思い出したその物語は、既に結末を迎えているはずだった。
 俺達は娼館での時をすごし、そして飛び出して、選択をした。
男「どうして……」
 ハッピーエンドだったはずだ。
 俺は彼女達の事を全て忘れて、そうして普通の生活に戻ったはずだ。
男「どうしてお前達が、ここにいるん、だよお……!!」
 いまこの洋館で起こったこと。
 ああそれはまるで、また別の娼館に迷い込んだよう。
 もう散々だ。あんな思いは散々だ。
 かくりと、膝が折れた。


メイド「落ち着いてください」
男「これが落ち着いていられるか……!」
メイド「むー。これにはワケがあるのですよワケがっ」
男「今度は何だ、何を求められる、何を俺は取られている……!」
 思い出したくも無い、あの光景。
 窓ガラスの向こうに見たそれは、あまりにむごい。
メイド「今回はなにも、とっていません! もう対価はいらないのです」
男「どういう、こ、と……だ」
 メイドはにっこりと、微笑んだ。
メイド「ハッピーエンドの、その先です」
男「その、先……?」


 振り向いてくださいと、促された。
男「あ……」
 そこには。
五「お久しぶりでございます」
一「お。お久しぶりですっ。何日ぶりかわからないですけど……」
 深々と礼をするのは。
三「再会なのに、なんでそんなアホ面なのよ」
二「かわいそうですよそんな事言っては」
四「色々あったらしい」
 勢ぞろいした、五人の少女達。
男「は、はは……」
 もう笑うしかなかった。
 何が起こっているのかさっぱり分からない、それでも、それでも彼女たちの顔をもう一度みて、俺はもう笑うしかなかった。
男「これは、参った……」
 眼を見開いたまま頭を抱える。
男「一体、なんだってんだ……」


少女「全てはこの子の尻拭い」
メイド「あはは、ごめんなさい」
男「何を、やったんだ……」
メイド「結末、覚えてますっ?」
男「ああ……。覚えてる」
 俺がこのメイドさんの問いかけに答えて、全てをハッピーエンドで終わらせた。
メイド「もう一度自己紹介しますと、私運命の女神見習いなんです」
男「知ってる。お前があの娼館を作ったんだ」
メイド「はいっ。でもでも、私は最後貴方に感化されて、対価と交換する娼館を、強引に終了させました」
メイド「しかも全てをハッピーエンドの運命につなげて!」
メイド「でも運命って、そんな簡単にどうこうしていいものじゃないんです」
メイド「えへへ、あのあと女神様にたんと叱られました」
少女「当然です。運命を紡ぐことだけが運命の女神の仕事ではない。運命を割り当てるのも、そして切るのも、運命の女神の仕事です」
少女「見極めずどれもこれもに幸ある運命を与えていては、この世は回らない」
 だからメイドは、対価を求めたのだ。
 誰にでもそれが廻らないように。良い事と悪い事がつりあうように。
メイド「ですから、やっぱり上手くいかなかったんです。貴方方二人は最優先で幸ある運命に結びましたけど、それ以外は完全な形ではなかった」
男「完全な形ではない……?」
メイド「保留になったんです。すぐさまつなげられるほど、幸ある運命は紡げませんでしたからっ」
男「保留……」
メイド「はい。でも娼館はなくなっちゃいました。だからその間どこかに彼女達を置いておかなければいけない」
メイド「そうして彼女達はここに飛ばされました。意図的ではなかったので、追いかけるのに少し時間がかかってしまいましたっ」
メイド「それで少しご迷惑をかけてしまったみたいで……、ごめんなさい」
男「そういうこと、か」

男「別館は……どうなったんだ」
少女「あちらも同じ事。ただ私が管理していましたので、また別の場所に」
メイド「あはは、女神様は上手くて、保留にしたものの置き場所を自分で作っちゃったんですけれど、私不器用なもので、既に出来ている場所に置くしか脳がなくてですね」
男「それが、ここだったのか。……あ、俺が見たここの主人はなんなんだ?」
少女「それはまた別の物語の登場人物。今この場所に二つの帯が重なっているから起こったこと」
男「二つの帯?」
少女「貴方も体験したでしょう。貴方にとっての現実世界と、娼館の世界の二つの帯の重なりを」
男「あ、ああ……」
少女「ここにも世界がある。ただそれだけのお話です」
 俺は頷いたが、これに関しては、良くわからなかった。
男「あ、あいつは無事なのか」
メイド「貴方の幼馴染さんでしたら、安全確保してありまっす!」
男「そ、そうか、よかった……」


男「彼女達は、これからどうなる」
 五人を指して言う。
 あの時、結果的に彼女達がどうなったのかを、俺は知らなかった。
少女「この子の宣言したとおり、幸ある運命につなげます。運命の女神として、責任を持って」
男「……そうか」
少女「はい」
 胸の裡のわだかまりが、すっと消えた気がした。
 最後に迎えたハッピーエンド。あれは俺達二人が幸せになった以上に、何も見せてはくれなかった。
 そもそも、彼女達と別れる際にその挨拶すらしていなかったはずだ。
少女「準備が出来るまで少し時間があります。せっかくですから、語らうのもいいでしょう」
男「なら借りている部屋に行こう。……あれ?」
 そこで使用人がいなくなっていることに気づく。
男「む、いつのまに……」
メイド「それじゃあ私がご案内しまっす!」


少女「ごめんなさいね、私たちはこれで退場します」
幽「なに、たまにはこういうのも悪くない」
少女「ふふ。でもきっと怒ってる誰かがいる。この世界の者ではない私達が、こうも動き回っていては」
幽「かもしれん。まあよい、メビウスの輪もたまには悪戯をしたかったのじゃろて」
少女「そういう場所ですものね」
幽「うむ。して女神よ、私は良くわからないことがある」
少女「なんです?」
幽「何故ここを選んだのか。本当に偶発か?」
少女「……ふふ。あの子が中途半端に終わらせてしまったから、ね。さよならも言わない最後は、可哀想ではありませんか」
幽「ふむ」
少女「一般の人となった彼らとまだ運命を与えられていない彼女達をもう一度会わせるには、それが可能な場所が必要でした」
幽「なるほどの。だから今語らいの場も用意しているのか」
少女「はい。忘れてしまうけれど、でもちゃんと区切りをつけてあげられる」
幽「うむ」
少女「ではこの辺りで。ご主人様にはよろしくお伝えください」
幽「了解した」


 渡り廊下に全員を集めた後、俺はそれより先には進まなかった。
 五人を洋館へと見送って、それで俺の仕事は終り。
 自室に戻って、報告を待っていた。
幽「帰ったぞ」
男「おかえり」
幽「付いて来るかと思ったが」
男「俺がいるべきじゃないと思った」
幽「ふむ」
男「彼の話、彼女達の話、そしてお前の動き。総合すれば向こうで何があったかは大体分かるさ」
幽「そうか。そういえば宜しく伝えてくれといっていたぞ」
男「誰が言ってたんだか」
 俺はやはり自分で入れたお茶を飲む。
男「物語は平坦が一番いい。でも問題がないわけじゃない。いずれ衝突する」
 幽霊が隠したかったのは、つまり洋館の事。
男「だが少なくとも、今はまだ俺達には障害になっていない。必要な人間が、必要な方法で問題を利用しただけだ」
幽「そうじゃの」
男「そうだな、俺が気になる事といえば……。向こうには向こうの使用人と主がいるのか」
幽「いる。が、説明する気は今は無い」
男「主の方は大体想像が付くんだが……、使用人はなんだろうな。今までの話の中で思い当たる人がいない」
幽「ふむ」
男「その風貌は黒いつややかな髪をした若い美人ということだ」
幽「そうじゃの」
男「ところでうちのメイドの黒は今日、お前を除いて一人だけ自由に行動が可能だった。酔った後外に出たから、詳細な行動がわからない」
 俺が部屋に入るのと、入れ替わりで出て行っている。
男「そしてお前はもちろん見かけなかった。となると、だ」
幽「使用人を名乗った人物は、私が乗り移った黒である、と?」
男「そういうことだ」
幽「くく、なるほどの。名探偵様じゃ」


 とんとん、と扉がノックされた。
男「はいよ」
黒「私だ」
男「黒か、丁度いい」
 黒が部屋へと入ってくる。
黒「丁度いま回復した。これから業務に戻る」
男「分かった。体こいつに使われてたろ、大丈夫か?」
黒「……む? いや今の今まで私は鐘のところで風に当たっていたが」
男「……なに?」
幽「くっくくくくっ」
男「お、おいおいちょっとまて、どういうことだ、なら誰なんだ!?」
幽「さてとー、私も眠りにつくぞー」
男「わ、わざとらしく逃げるな!」
黒「む。む?」


 交差した物語は、どちらもゆっくりとその日を終える。
 翌朝には全てが元通り。
 来訪者はそれぞれが、あるべき場所へと落ち着いた。
 彼らに残った記憶は、雨の晩に一夜をとめてくれる洋館があったこと。
 それ以上のなにもかもが空隙のようにぽっかりと抜け落ち、何も残りはしなかったが、それでも少女は微笑んだ。
 女神はその空隙だけで満足だったのだ。


メイド「私知ってましたよー! 女神様わざとあそこにとばしてくれたんですよね!」
少女「なんのことやら」
メイド「優しいだけじゃいけないとかいいつつ、やっぱり女神様ってば優しいです!」
少女「そうですね、では厳しくした方がいいですか」
メイド「えっ」
少女「お勉強頑張りましょうね」
メイド「う、うわ、わあああーん!!!」



だから愛していますご主人様―エクストラメイドデイズ!!―vol.2・3・4 end
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No title

おつ

No title

お疲れ様です!


読んでたら・・・
学校遅刻するw
いってきますw

No title

おつです!

No title

最上級のおつです!

No title

ありがとうございました。
お疲れ様です

No title

楽しかったです!
謎が多いですけど繋がってくると面白いですね。
お疲れ様でした!

No title

すげえとしかいえんわ・・・

いろいろ混ざって面白かったです

No title

1年半ほど前にだかぬしのSSを拝見して面白いSSを書いているなぁ、と関心させてもらったのですが
今日またSSのまとめなどを読み漁っていたところ貴方のお書きになった別のSSでここへたどり着くことができました
2度も素敵な出会いを頂きありがとうございます

相変わらずおもしろかったです! 次からはどんな話かしらと楽しみにしています。程よく金ちゃん成分が補充できる話でしたー

クロスは良いですね
また次にも期待しています

相変わらず素晴しい。

こんばんはルイルイたん。スズケンです。
エクストラ読ませて頂きました。
相変わらず素晴しいとしか言えません!!!
1~5はひと時の出会いでしかなかったんですね~。
これ以上メイドを増やしてもって思ってましたけどw
寒い時期がまだまだ続きますので、お体には気を付けて下さいませ~。ではではw

No title

お疲れ様です。
今回もとても楽しく読ませていただきました。
この暖かい物語がもっと続きますように
と願い、次回も期待してます。頑張ってください。

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No title

mixiのコピペ館から巡り巡ってココに来ました。

本当に素晴らしいの一言です。
1週間楽しく読み進められました。感謝します。

陰ながら応援させていただきます^ω^

No title

昨日主のSSをみつけて今まで一気に読んじまったwww
抱かぬしの新作待ってます!w

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プロフィール

あるてぃめっと☆るいるい

Name:あるてぃめっと☆るいるい
***
物語とか絵とかゲームとか、
色々つくることが大好きです。
基本は文章書き。

2014年4月以降で現在お仕事募集中です。
お気軽にご相談ください。
安くて早くて安心ね! を目標に。
メールのレスポンスは超早いです。

連絡先は以下です。
bagarana☆yahoo.co.jp
(☆を@に)

Twitterはこちら→Ul_Rui_Rui
(たぶんコレが一番頻度高いです。
 細かい情報は全部ここで済ませてたりする)

ニコニコ生放送もやってます
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よかったらみてやってくださいまし

以下は僕のpixivですわー



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